上海で都市のメディアアート化とそのビジネスの可能性を考える

文・写真 = 岡田 智博 yokohama@creativecluster.jp


世紀を跨ぐサイネージ

今、私は上海の外灘のビルの上から黄浦江を眺めている。

外灘は「バンド」という名前でよばれ、私の師である建築史家の藤原惠洋の名を若き日に広めた書「上海―疾走する近代都市」(1988) によると、西洋列強の中国大陸進出の足場として、黄浦江沿岸にそれぞれの国や資本の拠点たるビル群を並びたてた、まさに本国と直結した植民地支配のためのハブの機能を果たしたストリートである。19世紀から戦前にかけて、各国から乗り込んできたエクスプローラーたちにとってその水際に聳え立つビルディング群の威容は、高揚感と安心感をもたらしてきたに違いない。そして、この地にある中国人にとっては、圧倒たる存在感がのしかかる一方で、世界の最先端を空気として触れる、まさに建築がもたらすサイネージ空間であったのだ。

その外灘から黄浦江の向こうにある浦東地区を眺める。昔は「浦西(上海の市街地部)のベッド一つの方が、浦東の一部屋よりまし」とまでよばれ、田園地帯が広がっていた一帯。河から見上げるかのような外灘の威容の一方で彼方の地であった浦東。そこには「上海森ビル」「上海ヒルズ」などと囃されるドバイがもたもたしているので未だ世界一の高さを誇るビルを筆頭に聳え立つ、21世紀の富の威容が建ち並んでいる。黄浦江に面した、CITIBANKの拠点ビルの一面は全てがスクリーンで彩られ、巨大な映像を外灘に向けて表示し続けている。その隣にあるビルもまた壁面がディスプレイに。世界金融危機による広告量の低下なのか、公告少々、それに来年開催の上海万博のスローガン、デモ映像の組み合わせ。黄浦江の上には巨大なLEDモニタを浮かべたサイネージ船が行き交っている。
植民地都市時代、上海に訪れるゲートウェーとしての河からの外灘の威容は、今や外灘から未来を投射する浦東のディスプレイ化へと変革を遂げている。

今まで、日本の都市の景観はネオンや公告に覆われていて、欧州の都市や上海のように景観が保たれてない、下品なものであると、日本人の「識者」といわれる人々の声として、多くいわれ続け、現在、極めて厳しい屋外景観への配慮が多くの場合、求められるようになり、そのことがサイネージを日本の街に取り入れることをときに難しくしている。その一方で、景観にうるさいとされている、海外のほうが積極的にサイネージを取り入れている皮肉。こうでなければならないという原理原則やそれに外れるとすぐいちゃもんをつけたがる日本と異なり、いいものをどんどん取り入れることでバージョンアップを果たして行こうとする世界の大都市たちの進化のひとつの対比が、上海の黄浦江を挟む世紀を跨いだ姿ということができるだろう。

今、私が河を挟んで浦東の巨大なサイネージを眺めているのは、バンドにそそり建つ1916年に建てられたネオゴシック様式のビルをマイケル・グレイブスがリノベーションした、スーパーブランドのみを集結させた空間のトップにあるバーのデッキ。まさに都市のバージョンアップの劇場を目の当たりにしているということだろう。

でも上海でもデジタルサイネージには何かが足りない

上海は「創意都市」というキーワードの中、クリエイティブ産業をビジネスの中心に置こうと街をあげて邁進している。デジタルサイネージはそのビジネスにとってのキーの存在、地下鉄の駅や車両の中には広告を目的としたビジョンが設置され、多くのタクシーの中にはタッチパネル式の公告ディスプレイが埋め込まれている。タクシーでの移動の中、いきなり原宿のH&Mのギャルソンとのコラボレーションで沸く映像が目に飛び込む。セレブのシーンを追っかけるというタイアップ公告だ。
浦東のビルの壁面が、地下鉄が、そしてタクシーに、デジタルサイネージが溢れている上海。しかし、世界の何処でもがそうであるように、何かが足りないのだ。

ここでも足りないのはクリエイティブ力

上海市政府と地元共産党の文化・メディア行政の支援のもと、一昨年より巨大なメディアアートのフェスティバルeArtsが毎年開催されている。eArtsは、メディアアートを上海に広げることで、メディアアートから生まれる可能性を軸にメディア文化とビジネスを発展させようとしているフェスティバルだ。
「私たちはメディアアートで稼がなければならない」eArtsの企画広報の担当者はこう語りかける。助成金で祭りをすればいいということではなく、そもそも上海の文化と産業の可能性として、メディアアートの可能性に賭けたのだから、祭りを糸口に産業を創出して、そのことでアーティストを上海で活動することで潤し、文化を高め、助成金すら要らないようにしなければならないのだ。

彼らによるとデジタルサイネージとこれらチャレンジに富んだメディアアートによるクリエイティブの接点は今の上海には存在しないという。流す映像が求められても、そのサイネージの魅力を高めるためにクリエイティブが挑戦する企画は想像できなかったという。

デジタルサイネージという都市の中に存在する、柔軟なメディアだから出来る可能性。

その可能性をかたちにすることで、よりデジタルサイネージをOOHの主役へと具体的にまつりあげる、企画者の存在、プロデューサーの存在は、まさにこの上海にも存在していなかったのである。

この企画者やプロデューサーの存在の欠落が、世界中のデジタルサイネージの本当の意味での活きた普及を遅らせているように思えてならない。その世界中とは日本を含めてのこと。この一年にわかり、クリエイティブの可能性からデジタルサイネージの可能性を語ってきたが、ビジョンが増え続ける一方で、その価値を高めるクリエイティブな歩みは残念ながら遅々として進まないのだ。

大阪からはじまるメディアアートによる都市の中のコミュニケーション

とはいえつまらないと悲観しているばかりではいけない。

最後にその中でも生まれる新たな可能性の萌芽を示しておこう。

日本最大規模の再開発として進行中の大阪駅北口開発。その中において準キー局である関西テレビが中心となってサイバーアートのミュージアムとプロダクションセンターが準備されている。この準備の流れの中、大阪そして関西にメディアアートによるハプニングやサイネージをクライアントと人々とのコミュニケーション手段として広げようとする動きが始まった。

「不況だからこそ、地方のメディア業界が特に厳しいからこそ、クリエイティブに考えて、大阪でうける新たなメディアを開発しなければならない。それが都市の中のメディア、メディアアートなのだ」と担当プロデューサーが語るその企画の第一弾が、なんばの巨大なショッピングセンターでバレンタインデーの期間に開催された。

「レーザータグ」という米国のメディアアート集団が開発した、屋外に巨大なメッセージを書き込めるシステムを用いて、カップルたちが愛のメッセージをショッピングセンターの壁面に描き込んだのである。メディアアートで大阪を盛り上げたい、そのためにこれから国内外のメディアアーティストをフィーチャーして、様々なハプニングやコミュニケーションを関西で起こしてゆく。クリエイティブが持つパワーは、今までのメディアにおけるビジネスではない効果をもたらし、クライアントである最大手携帯キャリアにとっても満足行く、そしてこれからも継続してゆきたいという結果をもたらしてくれた。

これから大阪を中心に関西でメディアアートをベースとしたコミュニケーションが都市の中に増えてゆくだろう。そして、そのことで大阪がメディアアートでおもしろい街だという声が全国にそして世界に広がってゆくことが容易に想像できることである。

メディアアートと都市の中のコミュニケーションが街をおもしろくする。

そんな当たり前のことがデジタルサイネージのビジネスをクリエイティブに加速化させるのは、もしかしたら遠くない将来なのかもしれない。

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このページは、EditorがApril 5, 2009 11:06 PMに書いた記事です。

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