メディアアートブーム:まるで10年に一度の伝染病のようなもの

TEXT=岡田 智博   yokohama@creativecluster.jp

メディアアートが有望なビジネスにこれからなる。
このような言葉がこの頃、少しずつ聞かれるようになってきた。

「メディアアートの産業化」そのキーワードは、大阪において市が進めている創造都市づくりにおける重要なコンセプトの一つとして語られ、同時に別のかたちで大阪駅の北口巨大開発(北ヤード)におけるコア施設としてメディアアートのミュージアムとビジネス化のためのラボづくりが2013年にオープンするために準備が進められている。
東では、同じく創造都市というコンセプトを抱える横浜市では映像産業都市として都心臨海部-いつも私たちが「これが横浜」と考え、遊びに行く、港沿いのエリア-を整備し、同じくメディアアートの産業化を狙い、何億円もの予算を投入して映像アートのフェスティバルを開催したり、SIGGRAPHというデジタル映像研究者の国際会議を招致したり、企業や教育機関の誘致(東京藝大の先端的なメディアアートやアニメ、映画の大学院が横浜にあるのはその理由)が行なわれている。

広告業界やデザイン業界といったクリエイティブ業界の現場においても、その可能性がにわかに語られ始めている。
広告業界においては、今までの媒体とは異なるコミュニケーションの手法としてアウトオブホームメディアの概念のもと、応用価値の高い技法として注目されているのだ。メディアアートの中核をなすインタラクティブさは、今や現代人の生活に無くてはならないWEBのみならず、屋外広告といったまさに人と広告が直接コミュニケーションすることで驚かせたり、楽しませたり、便利になるというものから、これからのテレビそのものの在りかたすら変える表現をもたらすかもしれないと期待されている。
デザイン業界においては、インタラクティブなテクノロジーによる技法が入ることで、ディスプレイや建築そのものがメディア化したり、インテリアそのものがインタラクティブなものになったり、デザインの視点から映像そのものの使い方や、見せ方そのものが変わるのではないかと期待されている。

このようにメディアアートは、今までの鑑賞するアートであることから飛び越え、映像とインタラクティブなテクノロジーを中心にわたしたちのライフスタイルを変えるものとして期待され、その変化そのものが新たなビジネスチャンスを生むのではないかと考えられているのである。

また「メディアアートブーム」かよ!

これを読んでいるひとの中には「またか!」と思われる方があるかもしれない。

実はメディアアートに対する期待は大体10年に一度のサイクルでこの業界にもたらされ、実際にはその期待どおりに行かずに終わってしまうまるで「はしか」のようなものなのかもしれない。しかし、その「はしか」は、一度かかった人でも最初は強く「過去にもあったらまたかよ」と免疫を持ちながらも、進行するにつれて「今回は違うかも」と感染してしまう不思議なシンドロームであったりする。
今、まさにその約10年ぶりの大流行が起こり始めようとしている。

メディアアートという流行は常に「これからのビジネスになる」という感覚を伴うものによるものなのだが、実際には大きなビジネスとして成功した試しは無く、それがこの流行を沈静化させる原因となっている。

過去にあった流行をみてみるとこのようなものがある:

1990年代中期 マルチメディア流行感染
パソコンにCD-ROMがついたりして、コンピュータが業務用ではなくライフスタイルに入り始めるという期待のもと、マルチメディアを表現するものとしてメディアアートが大流行した。「ハイパーメディアクリエーター」がまさにハイパーな活躍を見せたのがこの時代であり、今やメディアアートのカリスマである岩井俊雄がアミーガで子ども番組を異次元に送り込み、流行り物好きのおとなたちが徹夜後の就寝時間を延ばしたり、早起きしたり、健康か不健康かわからない状況に追い込んだのもこの時代である。この時代に生まれたのがNTT ICCやアルスエレクトロニカセンター(オーストリア)といったメディアアートのミュージアムである。

1980年代中盤 テクノ・サイバー流行感染
バブルに向かう上り坂のこの時代、誰もが果てしない成長を信じていた(ようとしていた)。科学技術の果てにはドラッグをキメなくても、電極を直接つなぐことでエクスタシーを感じたりする時代になると本気で考え、現状のテクノロジーで無理ならと当時の最先端技術である巨大ビジョンやヘッドマウントディスプレイで何とかキメられないかと模索したのもこの時代である。コンピュータグラフィックスがやっと「子ども騙し」も「大人騙し」もできるようになり、インタラクティブなものが少しずつかたちになったこの時代、何か未来を見せてくれるものとして、ビジネスになるかもしれないものとして、メディアアートが大衆(といってもインフルエンサーレベルであるが)に対して最初に本格的に用いられ始めた。河口洋一郎と坂本龍一が同じカルチャーアイコンであった時代である。

このメディアアート流行感染の波が今、始まろうとしている。
しかし、今までの流行症例をみてわかるように、結局はビジネスにならずに長続きはしていない。しかし、それぞれのテクノロジーの成長の中で確実に、これからなるものをいかなるかたちであれ、作品として見せ、コンテンツになってきたことは確かなのだ。
さて、今回はどのようなかたちとなって行くのだろうか?

今、メディアアートが求められている状況は今までとは違う
違いが分からなければやはりただ感染しただけでしかない

私は今回の流行はなかなか行くのではと考えている。
今までの流行と異なり、実際にニーズや人々が求めている欲求とシンクロし始めているからである。何よりもテクノロジーそのものが、作り手が自由に出来る場に存在していることも大きい。
今までの流行においては、それを制作したり、表現したり、オーサリングするためには、特別な機械やソフトウエア、環境が必要であり、いくら90年代とはいえ、アミーガやマックを手にするためにどれだけの金銭的苦労があったかと考えると、誰もが表現の場に立てるという意味におきて一変している。その上に、よりうならせる表現、これからを感じさせてくれる表現を人々も求めており、その点において、まさにメディアアート的なものが潜在的に渇望されているのである。
その一方で、そのようなメディアやテクノロジーを取り巻く環境を理解せず、やみくもに「メディアアートに可能性がある」「メディアアートがビジネスになる」と考え、取り組むことは、何のためのメディアアートなのかという基本的なコンセプトが欠落するため、ただ単に「メディアアートとして評価されているもの」を集め、「既に評価されている人を集めて何かをこなす」だけの場となってしまい、まさしく人々が伴わない流行だけのものとして終わってしまう危うさを秘めている。

メディアによる創造の未来のスタイルを構想する上で、インタラクティブの次をかたちにするために、メディアアートとそれを担う今のつくり手には、流行だけには終わらない、大きな可能性が存在しているのだ。

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府中市美術館公開制作「ハイブリッドアートラボ」に企画協力(9/17-11/22)
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東京深川から「誰もがあたらしいことをはじめられるソーシャルプラットフォーム」 DET - Deep East Tokyo のファシリテーションを支援
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このページは、EditorがJanuary 23, 2009 3:13 PMに書いた記事です。

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